東南アジア
 英語が話せないということ 

真面目なお話。

日本人は英語が話せない。
これが海外の人から見た日本人に対する評価です。
最近では海外留学や、ワーキングホリデー、また英会話教室なども多く存在し、
昔よりは英語が話せる人も多くなっているのかもしれません。

それでもちゃんと会話の出来る人はほんの一握り。

「あなたは日本で英語を勉強しなかったの?」と聞かれ、中学、高校で勉強をしていた私は6年間勉強したということを伝えると

「6年も勉強してなぜ話せないの?」

たしかにその通りです。

日本の若者は少なくとも中学義務教育の3年間は英語を習っているはず。
多い人は大学まで行き9年〜11年は勉強しているのです。
それでも話せない。
まぁ、文法中心の英語の授業内容にも何か問題があるのかもしれませんけれども。

このことを聞くとみんなあきれてしまいます。

ある日、私はロニに聞いてみました。
「どうやって英語を覚えたの?」
すると彼は
「映画だよ。」

え?映画?!

学校じゃなくて映画?!

「英語の映画を見ていれば、自然に英語はわかってくるよ。
君は映画は日本語でみているの?」

まさか!私はアンチ吹き替え派。
映画はそのままで見るけど…
もしかして、字幕は無し?と聞くと

「字幕はちゃんとついてないとね。」

だそう。

??????

同じ状況で映画を観ていても話せるロニと話せない私。

そうこれは意識の問題。(日本語として分かりやすく訳してるからっていうのもあるかもしれないけれども)
私は映画を観るときに字幕ばかりを気にしていて、
実際の声はほとんど耳に入っているだけ。
意識なんてしていませんでした。

それを実際に意識してみていれば私も話せるようになるか
少なくとも、こんなときにはこんな風に言えばいいのかもしれないという
言い回しくらいは得ることが出来るかもしれません。

それでも6年間の英語の教育などはほとんど当てにならないもので
何のためにあんなに必死にテストの度に英単語を覚えていたのか…
自分で言うのもなんですけれども、中学の時は英語は得意な方でした。
それでも話せない。

日本の教育環境は他のアジアの国から見ても理想的な環境だと思います。
アジアの国では学校に行くことすら出来ずに
家の仕事を手伝ったりしている子が山のようにいるのです。
それでも、日本人の子供の意識は学校は行かなくてはいけないもの、
勉強はしなくてはいけないものということになっているような気がします。

学校で勉強をするということが当たり前すぎて
自分たちの豊かさをわかっていない。
少なくとも私はそうでした。

字を書けるのも読めるのも当たり前。
しかし、日本を一歩出るとそれすら出来ない子がたくさんいるのです。
それでも、観光客相手の仕事をするために必死で英語を覚える。
英語は話せるけれども、書いたり、読んだりは出来ない。

そんな現実を目にするたびに
自分はなんて甘えて育ってきたのだろうと考えさせられます。

これはあくまで私個人の意見です。

けれども豊かさって一体何なのでしょう