東南アジア
 ポルポト政権 

プノンペンでは観光はしないと思っていたものの、
せっかく来たことだし、やっぱり少しはしておこうか?ということになり
二箇所だけ行くことに。

トゥクトゥクをチャーターしてまずキングス・フィールドへ。

このドライバーが3人だっていうのに10$なんて微妙な金額にしてくる。
9$にしてよ〜! とどんなに頼み込んでも一歩も引かないので、仕方無くこの人に負けて10$で行くことに。

キングス・フィールドは中心部からトゥクトゥクで30分くらいのところにあります。
途中から舗装されていない道に。埃が半端じゃない。
よく見ると、みんなマスクを着用。
確かにマスク無しで、この道は辛いです。

とその時、ドライバーがあるお店の前に止まりました。
何をしてるんだろうと思うと、どうやらマスクを買っている様子。
しかも…3つ。
もしかして…
え?私たちに?!
そう、私たちのためにマスクを買ってくれたのです。
優しいじゃん!!!ケチとか思ってごめんね!

マスクをしてみた私たち 布製のマスク。結構すっぽりタイプ

たけちゃん たけちゃんも一緒です!後ろを見れば分かるようにかなりの砂埃!
助かりました。

そして、キングス・フィールドへ。
ここは、ポルポト政権のときにプノンペンにあるトゥールス・スレン刑務所に収容された人々が連れてこられて処刑され、その遺体が埋められた場所です。
その埋められた穴の数、なんと129ヶ所。
その一部は掘り返され、慰霊塔に遺骨や当時の服がそのまま安置されています。

その慰霊塔は外からでも中が見えるようになっていますけれども
頭蓋骨などがむき出しになっていて、見ているのも辛いほど…
写真を撮れる気持ちにはとてもなれませんでした。

その他にも、当時の様子なども絵で描かれていたりしました。
生きたまま、穴に落とされ埋められたような絵も…
言葉になりません。

今でも、この場所には掘り起こされていないままの遺体が数え切れないほど埋まっているとのこと。
掘り起こされたところは大きな穴が開いたままの状態になっています。
ここで、起きたことは今から30年前くらいのことです。
自分が生まれる何年か前にこんな悲惨なことがあったと思うと…
独裁者って何なのでしょう。

地面から出ている骨や衣服 歩いていると、こんな感じにいまだに掘り起こされていない骨や服が地面から出ていたりします。ここを普通に歩いていて、いいのか疑問に思ってきます。

暗い気持ちになりながらも、次はここに連れてこられる前に収容されていたというトゥールス・スレン刑務所へ。

トゥールス・スレン刑務所。
ここが今はポルポト派の残虐行為を後世に残すための博物館になっています。
そして、ここは刑務所になる前はなんと高校の校舎だったというから、また驚きです。
外観は日本の高校の校舎そのもの。門があり、今は中庭らしき場所が元々は校庭だたのかもしれません。

まず、入ってすぐのところにA棟があります。
そこは当時尋問室として使われていた場所です。

薄暗い部屋の中にはいまだに当時使っていた鉄のベットが置いてあったり、
尋問するために使ったと思われる拷問道具みたいなものも置いてありました。
入っただけでゾっと寒気のするこの部屋。長くいることは出来ませんでした。

そして、その隣のB棟。
ここには、この刑務所に収容されていた人たちの顔写真が部屋全体にずらっと並べられています。
そして、その写真の部屋は一部屋だけではなく、何部屋にも続いてました。

おびただしい数の顔写真。若い人、老人や子供まで。
ここに連れてこられて、この写真を撮られたとき、何を思っていたのか。
そして撮るほうも何を考えていたのか。
今から殺されるということが分かっている人たちの顔は悲しげというよりも、どこかで諦めてるかのような表情で、その顔を一枚一枚見ていくと胸が苦しくなりました。

C棟には当時のままになっている狭い狭い独房。
一畳くらいずつ壁で仕切られただけの独房。

そしてD棟には拷問の様子を描いた絵や、
拷問に使われた道具などが展示してあります。
絵だけれども、見ているだけで気持ち悪くなります。
本当にこんな残酷なことが行われていたのか
人間はここまで残酷になれるものなのか。

辛くなります。
目をそむけてはいけないことかもしれませんけれども、あまりにも…

いまだに世界には戦争や争いが続いてる場所があり、
残虐が行われています。
それをなくすためにも、多くの人が戦争の恐ろしさをこの博物館を実際に見てわかってほしいと思うばかりでした。

ここを出るとき、片足の物乞いのおじいちゃんが
日本語で 「お金ください」と言って私たちに手を差し伸ばしてきました。
「お金ください」
そんなストレートな日本語…
自分はどうするべきなのか本当にわからなくなります。